人間の脳には優位に働く部分と劣位に働く部分がある
人問の人脳というのは、前にケーキ屋さんの例だとか、テレビを見ながら並行していくつもの作業をすることができる、という例で示したように、笞列処理作業をすることができます。
その点で人間の脳は、コンピューターに似ており、その作業を実行する脳の回路の単位を、コンピューターになぞらえてCPUと呼ぶことにします。
CPUは正式には「中央情報処理装置」という訳語が当てられています。
ところで、人問の場合、並列処理をしている時でも、実際には大脳内のCPU同士は完全な同格ではなく、他のCPUに対して優位に働くCPU、そのCPUに働きを抑制されてしまう劣位のCPUという区別があるのです。
何かに対して意識や神経を集中させると、その優位のCPUだけが作動して、他のCPUのスイッチが切られてしまう、という現象が起きます。
たとえば通りに面した喫茶店で誰かを待っている時と、その待ち人がやって来て話し始めた状況を考えてみてください。
どちらも周囲の状況は同じなのに、前者は外の通りの音がよく聞こえ、後者は、あまり耳に入らなくなるでしょう。
これが、優位のCPUによって劣位のCPU群の働きが抑制された現象の典型で、その優位CPUに従属する小CPU群が、さらに情報収集を精密にしようとして、活動を開始するわけです。
それらの小CPU同士は、並列して作動しているのですが、自分を支配している「上司」のCPUとの関係においては、直列です。
あなたがさらに目的の対象に対して神経を集中させると、並列している小CPU群の中で、その分野を担当している、もっと細かい小CPUだけが活動を続け、他のCPU群はスイッチを切られてしまいます。
あなたも、読書でも、囲碁将棋のような勝負事でも、手芸でも、何かに熱中して他のことにまったく気がつかなかった、という経験を持っているでしょう?
そして、活動を続ける小CPUに従属する、さらに下位のCPU群が順に起動してくる、という機構になっています。
こうして、人間は何かに意識を集中することによって、大脳の情報処理機構の直列化がどんどん進んでいきますが、情報を処理する最先端に関しては常に並列処理するようになっていて、完全に直列処理になってしまう、ということはありません。
大脳における情報処理のメカニズム
理解しにくいと思うので、ちょっと具体的に大脳における情報処理のメカ二ズムについて述べることにしましょう。
甘利俊一氏の「バイオコンピュータ」(岩波書店刊)から、その具体例を引用して説明することにします。
たとえば、あなたが、棒線を組み合わせた図形を見ている、と考えてください。
漢字なども、意味を考えなければ、棒線同士を組み今わせた図形の一種である、と言うことができますね。
網膜に映った図形に関する情報は、まず神経繊維を伝って、後頭部の「視覚野」と呼ばれる「情報処理センター」に伝達されます。
ここで、鮫先端の並列処理が行なわれるのです。
棒線を組み合わせた図形を見る、ということを、もっと詳しく考えてみましょう。
ただ「棒線」といっても、縦の棒、横の棒、斜めの棒など、いろいろの角度の棒線があります。
ところで、脳というのは、灰色のブヨブヨした豆腐のようなイメージで考えられがちですが、実際には「ニューロン」と呼ばれる神経細胞が非常に多数、複雑に結合し合ったネットワークです。
大脳の視覚野には、縦の棒だけに興奮するニューロン、少し斜めに傾いた棒に興奮するニューロン、もっと大きく傾いた棒に興奮するニューロン、完全に輿横になってしまった棒に興奮するニューロン、というように、さまざまな角度の棒線に反応するニューロンが角度の順に規則的に並んでいます。
そして、縦の棒線があれば、縦棒倹出ニューロンが興奮し、斜めの棒線があれば、その角度に該当する斜め棒検出ニューロンが興奮する、という並列処理システムです。
これが、先ほど説明した最先端のCPU群です。
それでは、その上位のCPU群は、と見ていくと、棒線が網膜のどの位置に映っているのかを検出するCPUがあります。
大脳の視覚野は、ちょうどブロックでも埋め込んだようにモザイク状に分かれていて、一つのモザイクが網膜上の一つの位置に対応しています。
しかも各モザイクの内部に、その位置に映った図形に縦捧があるか、横棒があるか、斜め棒があるか、これらを検出するニューロンが並んでいます。
当り前の話ですが、「目の中心部で漢字を見たら、縦の棒線や横の俸線がわかるけれども、目の端のほうで横目で見たら、わからない」などということは、ありません。
このことが、速読する上で大きな意味を持ってきますので、ちょっと記憶の端のほうにでも留めておいてください。
速読法に関係があるということで、最初に漢字を例にあげましたが、図形一般ということになると、もちろん棒線以外の要素が入ってきます。
そして、当然、それらの要素を検出するニューロンも、網膜41のそれぞれの位置に対応したブロックの中に存在しています。
たとえば、図形の境界線に興奮するニューロン、棒が動くときに興奮するニューロン、色彩に興奮するニューロン、こういうようなものがすべて、キチンと並んでいます。
つまり、大脳の視覚野は、網膜上に映った図形をその場所ごとに、そして特徴ごとに分解、分析してしまう、非常に巧妙な並列処理コンピューターである、と言うことができます。
さて、大脳の視覚野に入った情報は、それから前方に送られて、次々と情報の処理を受けます。
視覚野から少し前方に行くと、心理的な色に感じるニューロンが出てきます。つまり、周囲の色との対比で色感を計算するニューロンです。
それからまた、運動を感知するニューロンが出てきます。
すなわち、何か物体が私たちに近づいてくる時に興奮する接近ニューロン、物体が左に動く時に興驚する左移動ニューロン、右に動く時に興奮する右移動ニューロン、また、物体が手前にバタンと回転しながら倒れてくる時に興奮する前後回転ニューロンなど、実にさまざまな運動を検出するニューロンが、ズラリと並んでいます。
頭のてっぺんのほう、頭頂葉では、空間的な配置や、相互の位置関係を計算しているらしいニューロンが見つかっています。
頭の横のほう、側頭葉に行くと、物体の形を検出するニューロン群が見つかっています。
三角がある時に興奮する三角ニューロン、丸がある時に興奮する丸ニューロン、十字形がある時に興奮する十字ニューロン、といった調子です。
右脳と左脳の役割分担
これまでに述べてきたように、私たちはまず、見た物を基本的な特徴に分解し、次いでそれを、いろいろな角度、観点から分析して再統合し、初めて情報として理解するわけです。
前のほうで説明したCPUの上下関係で言うと、上位の「幹部」CPUによって情報の統合が行なわれる、ということです。
ところが、ここで、前のほうでは簡単に触れるだけに留めましたが、「右脳」と「左脳」ということを改めて深く考える必要が出てきます。
人間の体は、ほぼ左右対称の形をしていますが、脳も同じく、右半球と左半球が、ほぼ対称の格好でついています。
そして人脳の右半球を右脳、左半球を左脳と呼ぶのですが、あなたが生物学か医学に詳しい人でしたら、神経の伝達回路が途中でX形に交差していて、右脳は体の左側、左脳は体の右側、というように、それぞれ反対側の認識と運動とを司っている、ということは、ご存じだと思います。
しかし、それ以外の役割分担では、右脳と左脳の役割はまったく違う、ということは、とくにこの方面の文献や入門書を読みあさってでもいない限り、あまりご存じないでしょう。
たとえば、前に述べた、図形を認識する例ですと、「これは、文字である」と認識すると、その情報は左脳に送られます。
ところが、「これは意味のない、ただの模様である」と認識すると、その情報は、反対側の右脳に送られるのです。
目で見る図形だけでなく、耳で聞く音の場合にも、まったく同じような現象が起きます。
誰か人のしゃべった言葉ですと左脳に送られ、音楽など、意味のない音ですと右脳に送られます。
さらに詳しく調べると、右脳と左脳とは左右対称ではなく、左脳には「言語野」と呼ばれる、言語に関する情報を司る領域が側頭部に幅広く存在し、右脳には、ほとんどそれがないことがわかりました。
ポジトロン観測による仮説の証明
また、甘利さんの『バイオコンピュータ』から、少し具体的な説明を引用させてもらうことにします。
どういう情報は左脳が担当して、どういう情報は右脳が担当するか、といった判定をするには、非常に巧妙な観測手段が必要になります。
最近では「ポジトロン」といって、人体に影響を与えない程度に微弱な放射能でマークした栄養素を血液の中に入れる、という観測方法があります。
この放射能でマークされた血液が、血管を通って人脳にも行くわけですが、この時に実験台になっている人に、たとえば数学の計算などをやってもらうわけです。
そうすると、数学の訓算には右脳よりも左脳のほうから多く使うとすれば、使用さわた部分で栄養補給を必要としますから、血流が左脳に多く集まるという理屈です。
そして、血液の中に入っている放射性物質の出す「ポジトロン」を追跡すれば、どこに血流が集中したかを観測することができます。
以前から、言語分担に伴って、論理的な思号や抽象的な思考は左脳が担当し、空間的な配置や図形、パターンの認識、そして音楽など、情緒的、感覚的、また、幾何学的な情報の処理は右脳が担当しているのではないか、ということが仮説として言われてきました。
これが、ポジトロン観測によって実際に、論理的な思考をすれば左脳に多くの血液が集まり、音楽を聞いたり空問的なパターンを考えたりする時には、右脳に多くの血液が集まる、ということが確認されました。
ポジトロン観測法が行なわれる以前には、テンカン患者の治療のために、右脳とな脳を接続している、「脳梁」と呼ばれる神経の橋のような部分を切断してしまう手術が行なわれていました。
そうすると、術後、一人の体の中に二人の人格が存在しているような不思議な現象が現わる場合があることから、左脳と右脳の役割分担の違いが少しずつ判明してきたのです。
『日本人の脳』から
角田忠信『日本人の脳』(大修館書店)から、それに該当する部分を引用してみます。
左右の脳の間に「脳梁」という大きな神経繊維の束がある。
これの働きは、不思議なくらい今まで、わかっていなかった。
今から六、七年前だと、教科書にも脳梁の働きについては、ほとんど記載されていなかった。
脳梁の下に松果体があり、かつてデカルトが「精神の座」と推定していた器官でもある。
松果体に腫瘍ができた場合には、頭を卜から割って、脳梁を左右に切断して腫瘍を取り出す手術を、一九三〇年代頃から盛んにやってきた。
手術の後でも、はっきりした症状がないので、脳梁には特別な働きがないものと見なして、安心して切断してきた。
松果体の手術以外にも、たとえばテンカン発作があって、右脳に発作を起こす原因があった場合、放置すると左脳のほうにも及んでくるので、左右の脳の神経の連絡を脳梁で切断することも行なわれた。
切断しても、見かけ上はまったくふつうの人と変わりがなかったために、良い間分割症状という隠れた障害に気がつかずにいた。
それが、偶然のことから、脳梁が左右の脳の働きを統合するのに非常に大切であることがわかってきた。(中略)
まっすぐ前を注視させておいて、右側の視野に画や図形、文字を瞬間露出器を使って見せると、患者は文字や物品の名前をりゅうちょうに読み上げ、右手を使って名称を書き取ることもできる。
しかし、左側の視野に置かれた場合には、患者は音読することも、左手で名称を書くこともできないが、示された文字に対応する物品を、左手で手探りで選び出すことは可能であった。
左半球には言語中枢があるために、文字を読んで理解し、書き、口頭で正確に答えられるが、右半球では、ある程度の理解は可能であっても、言葉や文字を使って表現することは、できない。(このことが速読法のマスターに重要ですので、記憶しておいてください)
脳梁の健全な人が左視野に示された文字を正確に読み上げられるのは、右脳に伝わった刺激が、脳梁を通って左の言語中枢に伝えられるからである。
文字の代わりに、情動刺激として左側の視野にヌードを瞬間的に見せると、患者さんはクスクス笑うが、自分では何も見えず、何で笑ったのかがわからない、と言う。
難しい算数の問題は、脳ではふつうの人と同しくらいに解けるが、右脳では極めて簡単なものしかできない。
このように、左脳は知的で、より分析的な仕事を分担するが、右脳は言葉を使わない知覚・理解・記憶に優れている。
たとえば、外形輪郭・触覚・空問的把握・顔の識別のように、細かな分析よりは、大ざっぱに全体を把握する能力に特徴を発揮している。
左右の脳が機能的に孤立した分割脳の患者さんが、三十年以上も症状が気づかわずにいたのは、日常生活では両方の脳を同時に働かせてみるために、たとえば左視野の物は眼球を動かして眺めることができるので、分割症状を発見することが難しかった。
脳梁が切断されて左右の脳がそれぞれの個性を発揮しうる患者さんでも、左右の脳の機能を分離して見つけ出すのか容易でなかったのであるから、正常な人について左右の脳の働きを見つけ出すことは、決して容易なことではない。
右脳と左脳の働きの大きな違いと、どうしてそれが解明されたのか、ということは、これでほぼ理解できたと思いますが、ちょっとわかりにくい箇所もあったと思いますので、補足することにします。
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